2013年3月10日日曜日

映画『親密さ』について

 先月のことですが、創刊準備号でおすすめした映画『親密さ』をオーディトリウム渋谷で観てきました。

 濱口竜介監督、上映時間は255分。二部構成で、一部はある演劇が作られる過程を、二部ではその演劇を丸ごと撮影し、最後にエピローグとしてドラマが入っています。物語の舞台は、東京にある演劇の専門学校、ENBUゼミ。実際に濱口監督が講師として担当した俳優コースの生徒たちが出演しています。二部で作られる舞台は実際に生徒のひとりが演出したもので、濱口監督の映画のシナリオと、上演する舞台のシナリオ二つを同時進行で進めて行くようなかたちで制作はすすめられたようです。そのときの模様なんかはこのインタビューで語られていますので、ぜひ。
 
 感想をひとことでいうと・・・ラブストーリーでした!
 久しぶりにあんな直球のラブストーリーを観たぜ! どれぐらいかというと、『耳をすませば』の20代/演劇バージョンといえばわかりやすいでしょうか。少なくとも私の感想はそんな感じです。
 
 ここからは盛大にネタバレしますので、気になる方は飛ばしてね!
 
 まず第一部は、脚本担当の佐藤くんと、演出担当の鈴子さんが二人、緊迫した面持ちで電車に乗っている場面から始まります。二人は恋人関係にもあり、同時にある舞台の演出部でもあり、稽古が進んで行くにつれ、二人の関係の無邪気さみたいなものが壊れて行く様子が徐々に描かれています。同居してるからこその甘え、演出方法の違い、互いの領分への遠慮や嫉妬・・・甘夏の感想を言うと、いまの30代ぐらいが経験したであろう「東京/一人暮らし/自己表現をやりたい若者のリアリティ」だなあっていう感じでした。(高校生のみなさまには、魚喃キリ子のマンガみたいなのを想像していただければ!)
 映像にはよく二人の住む街から稽古場に続く東急の電車が描かれているのですが、そこにある大きな、遠くへと向かって行く感じとは対照的に、数人しかいない(しかもまだみんなプロフェッショナルとしてやっていく決意が固まりきっていない)生徒たちの稽古場は、狭く、小さく、かなり不確かな居場所です。あるフィクショナルな設定により、緊迫感は一気に増して行きます。距離を言葉にして詰めて行きたい鈴子さんと、自分を見せることをしない佐藤くん。ほとんど息も詰まるような、好きで楽しくて、をこえてめんどくささだけがやたら募って行く(でもまだ関わっていたい)恋愛のあの感じ、が緻密に描かれていました。(あでも甘夏もあんま実感したことはないですけど・・・へへへっ)

 乱暴な言い方かもしれませんが、恋愛も演劇も、だだっぴろい世界のなかに小さな王国を作って、関係性を密にして行くって点は共通なのかもしれませんね。一部の最後のシーンは、終始ワンカットで撮影されていて、明けてゆく多摩川沿いの空と、二人のぼつぼつとしたダイアログ、そして佐藤くんの作った脚本、が印象深いシーンになってました。

 第二部。第二部はまるごと、演じられた舞台の映像です。舞台は、愛情とはなにか、ということがかなり直接的に扱われているものでした。愛情というテーマは劇薬みたいなもので、特にトウキョウの、おしゃれなシーンといわれているものでそれを扱うには、かなり巧妙な形じゃないと受け入れられない、みたいな気が、その外側にいる甘夏には感じられるのですが、そういう意味では勇気があるシナリオだと思いました。カメラワークがずるいほど役者さんを美しく撮れていたと思います。巧みににカット割されていて、女の人のきれいさや男の人のかっこよさがよく出ている。
 エピローグは観てのおたのしみです。あまずっぱい恋愛ものが好きなあなたならきゅんとするとおもう!

 ただ、ハッカ糖編集部的には、やっぱりそれでもこの映画はいわゆる「演劇って、こういうものだよね」っていう前提から描かれている気がするのです。演劇は、劇的なはず。演劇では、感情の触れ幅が大きいものでも許される。演劇は、生っぽさがよい。みたいなことをやっぱり前提とされているんだろうな、と。
 この映画は終始テキストがとても良いのですが、後半の舞台の台詞、とくに長台詞は印象的なものでした。だからこそ、第一部の演劇制作の過程で描かれているのがほとんど人間関係で、演劇そのものの制作や稽古風景がないところに違和感を覚えました。ある舞台を作るためには、いろいろな技や時間が必要なはずなのですが、そういったものが描かれていないと、まるで演劇は自然発生的に生まれでるもののように感じられます。実際は、演劇の面白さはほとんど稽古場での過程にあると私は思っています。成立した舞台の精度はそこで決まるとも。役者さんの凄さを演出が引き出したり、その逆だったりの過程を見る事ができなかった点がとても残念でした。なので、この映画における「演劇」はあくまで素材で、「自分を表現する」というめんどくさいいばらの道に進もうとしてる若者たちの愛と自意識、みたいなものが実際は表れてきているきがするのです。ラブストーリーというのはそのせいなのでした。

 し、か、し。この映画をみて、演劇ってどういうものだと他の方が感じるのか、というのは大変興味があります。そして、第一部のラストシーンの朝焼けのうつくしさや、第二部のテキストは一見の価値あり、です。観て一ヶ月してもかなりの部分が頭に残っているという点では、忘れられない映画の一本です。上映機会あったらぜひ観てみてくださいね!

 ちなみに、そもそも演劇と映画は仲がいいのかわるいのか、という感じで、映画好きな人は演劇苦手だったり、演劇好きな人は映画観なかったり、というのを周囲でよく目撃します。監督ご自身も、映画と演劇の関係については映画芸術のサイトで語られているので、ぜひ読んでみてください。